はじめに
航空機の翼の周りを流れる空気、ロケットノズル内の燃焼ガス、船舶周りの水流など、航空宇宙工学や機械工学で扱う現象の多くは流体力学(Fluid Mechanics)によって記述されます。流体力学では、揚力や抗力を議論する前に、まず流体そのものの性質を理解することが重要です。密度や粘性、圧力といった基本的な物理量は、その後に学ぶベルヌーイの定理、連続の式、オイラー方程式、ナビエ・ストークス方程式など、すべての基礎となります。
本記事では、流体力学を学ぶうえで最初に理解しておきたい以下の6つの概念について、物理的な意味と数式を交えながら解説します。
- 流体
- 密度
- 粘性
- 圧力
- 圧縮性
- 流線
流体(Fluid)
流体(Fluid)とは、せん断応力を受けると、その応力が加わり続ける限り連続的に変形し続ける物質と定義されます。固体は力を受けると一定量だけ変形し、その後は静止状態を保ちます。一方、流体はせん断応力が作用し続ける限り変形が止まらず、流れ続けます。この性質が流体と固体を区別する最も本質的な違いです。
流体力学では、空気や水を個々の分子として扱うのではなく、十分に小さい体積の平均的な性質を持つ連続体(Continuum)として扱います。これを連続体仮説と呼びます。この仮説のもとでは、密度や圧力、速度などの物理量は位置と時間の関数として表されます。

ここで、ρ:密度[kg/㎥]、p:圧力[Pa]、V:速度ベクトル[m/s]、x,y,z:空間座標[m]、t:時間[s]を表します。つまり流体力学とは、これらの場(Field)の時間的・空間的な変化を解析する学問であるといえます。
密度(Density)
密度とは、単位体積あたりに含まれる質量を表す物理量です。

ここで、ρ:密度 [kg/m³]、m:質量 [kg]、V:体積 [m³]を表します。
連続体として扱う場合には、密度は微小体積に対して

と定義されます。これは「ある一点における密度」を意味しており、密度は位置や時間によって変化する物理量です。
航空宇宙工学では、密度は揚力や抗力を決定する重要なパラメータです。


ここで、L:揚力、D:抗力、V:飛行速度[m/s]、S:翼面積[㎡]、CL:揚力係数、CD:抗力係数を表します。高度が高くなると空気密度は減少するため、同じ速度・同じ翼であっても揚力は小さくなります。
粘性(Viscosity)
粘性とは、流体内部で速度差を打ち消そうとする性質であり、運動量を隣接する流体層へ伝達する働きを持ちます。ニュートン流体では、せん断応力は速度勾配に比例し、

で表されます。ここで、τ:せん断応力 [Pa]、μ:粘性係数 [Pa・s]、u:流れ方向速度[m/s]、y:流れに垂直な座標[m/s]、du/dy:速度勾配を表します。
また、流体力学では動粘性係数も頻繁に使用されます。

ここで、ν:動粘性係数 [m²/s]、μ:粘性係数[Pa・s]、ρ:密度[kg/㎥]です。
さらに、粘性と慣性力の比を表す重要な無次元数としてレイノルズ数があります。

ここで、Re:レイノルズ数[-](無次元)、ρ:密度[kg/㎥]、U:代表速度[m/s]、L:代表長さ[m]、μ:粘性係数[Pa・s]、ν:動粘性係数[㎡/s]を表します。レイノルズ数は、流れが層流になるか乱流になるかを判断する重要な指標です。航空機では、翼表面の境界層や摩擦抵抗、流れの剥離、乱流遷移など、多くの現象が粘性によって支配されています。
圧力(Pressure)
圧力とは、単位面積あたりに垂直方向へ作用する力です。

ここで、p:圧力 [Pa]、F:垂直方向の力 [N]、A:面積 [m²]を表します。
静水圧方程式といって静止した流体では、圧力は重力によって深さとともに変化し、

ここで、p:圧力[Pa]、z:鉛直座標[m]、ρ:密度[kg/㎥]、g:重力加速度[]を表します。
静水圧といって密度を一定と仮定すると、

ここで、P:深さhにおける圧力[Pa]、P0:基準圧力[Pa]、ρ:密度[kg/㎥]、g:重力加速度[]、h:深さ[m]を表します。
圧縮性(Compressibility)
圧縮性とは、圧力によって流体の体積や密度が変化する性質です。この性質は体積弾性率によって評価されます。

ここで、K:体積弾性率[Pa]、V:体積[㎥]、p:圧力[Pa]を表します。体積弾性率が大きいほど、流体は圧縮されにくいことを意味します。
また、その逆数は圧縮率と呼ばれ、

ここで、β:圧縮率[]、K:体積弾性率[Pa]を表します。
航空宇宙工学では、圧縮性の影響を判断するためにマッハ数を用います。

ここで、M:マッハ数、V:流速[m/s]、a:音速[m/s]を表します。一般にM<0.3では密度変化は小さいため、非圧縮流れとして扱うことができます。
一方で、旅客機や戦闘機のような高速飛行では圧縮性の影響が無視できず、衝撃波や波動抗力などを考慮する必要があります。
流線(Streamline)
流線とは、ある瞬間において速度ベクトルに常に接する曲線です。速度ベクトルは

ここで、V:速度ベクトル[m/s]、u:x方向速度成分[m/s]、v:y方向速度成分[m/s]、w:z方向速度成分[m/s]、i,j,k:各座標軸方向の単位ベクトル[-]を表します。
流線は各速度成分を用いて

ここで、x,y,z:空間座標[m]、u,v,w:各方向の速度成分[m/s]を表します。定常流では流線は流体粒子の軌跡(流跡線)と一致しますが、非定常流では一致しません。航空宇宙工学では、風洞実験やCFD(数値流体解析)において流線を可視化することで、翼周りの流れや渦、流れの剥離位置などを解析します。
まとめ
本記事では、流体力学の基礎となる6つの概念を解説しました。
| 概念 | 主な定義式 | 工学的な役割 |
| 流体 | ![]() | 流れ場を記述する対象 |
| 密度 | ![]() | 揚力・抗力・慣性に影響 |
| 粘性 | ![]() | 境界層・摩擦抵抗・流れの剥離 |
| 圧力 | ![]() | 揚力・流体力の発生源 |
| 圧縮性 | ,![]() | 高速流れ・衝撃波の解析 |
| 流線 | ![]() | 流れ場の可視化 |
これらの物理量は互いに独立して存在するものではなく、質量保存則や運動量保存則を通じて結び付けられています。
最終的には、流体の運動はナビエ・ストークス方程式によって統一的に記述されます。

ここで、ρ:密度[kg/㎥]、:速度ベクトル[m/s]、:時間[s]、:圧力[Pa]、:粘性係数[Pa・s]、:重力加速度ベクトル[]、:ナブラ演算子[1/m]、:ラプラシアン[1/㎡]を表します。本記事で紹介した密度・粘性・圧力・速度は、この方程式を構成する基本要素です。

