はじめに
航空機の速度を表すとき、「マッハ0.8」や「マッハ2」という表現が使われます。これは時速や秒速とは異なり、その場所の音速を基準にした速度の比です。同じ秒速で飛んでいても、周囲の空気の温度が違えばマッハ数は変わります。
前回のレイノルズ数は、慣性と粘性の相対的な影響を表す量でした。今回扱うマッハ数(Mach Number)は、流れの圧縮性を考えるうえで重要な無次元数です。音速の意味から、亜音速・遷音速・超音速の違いまで順に解説します。
- マッハ数の定義
- 音速と温度の関係
- 圧縮性の影響
- 亜音速・遷音速・超音速
- 機体のマッハ数と局所マッハ数
- レイノルズ数との違い
マッハ数(Mach Number)
マッハ数は、流れの速度と、その場所の音速の比で定義されます。
M = V / a
ここで、M:マッハ数[−]、V:流速[m/s]、a:音速[m/s]を表します。速度同士の比なので単位を持ちません。航空機の飛行マッハ数を求める場合は、周囲の空気に対する速度と、その空気の音速を使います。地面に対する速度ではありません。
例えば、音速が340 m/sの空気に対して170 m/sで飛行していれば、M = 170/340 = 0.50です。音速と同じ速さならM = 1、音速の2倍ならM = 2となります。
音速(Speed of Sound)
音速とは、流体の中を微小な圧力の変化が伝わる速度です。物体が空気をわずかに押すと、その影響が周囲へ伝わっていきます。この伝わる速さと、物体や流れの速さを比較するのがマッハ数です。
比熱比を一定とみなせる理想気体では、音速は次式で表されます。
a = √(γRT)
ここで、γ:比熱比[−]、R:気体ごとの気体定数[J/(kg·K)]、T:絶対温度[K]です。通常の温度域の乾燥空気では、γ ≈ 1.4、R ≈ 287 J/(kg·K)を近似値として使えます。温度には摂氏ではなく、T[K]= 温度[℃]+ 273.15を用います。
気体の種類と比熱比が同じなら、音速は絶対温度の平方根に比例します。15℃、すなわち288.15 Kを仮定すると、
a = √(1.4 × 287 × 288.15) ≈ 340.3 m/s
となります。したがって、この条件でのマッハ1は約1,225 km/hです。
| 仮定した気温 | 音速の計算値 | V = 250 m/sのときのM |
|---|---|---|
| 15℃(288.15 K) | 約340.3 m/s | 約0.735 |
| −50℃(223.15 K) | 約299.4 m/s | 約0.835 |
表は同じ定数を使った計算例です。マッハ1は常に同じ時速ではありません。高度と音速の関係も、まずその高度での温度を通して考えます。「高いほど必ず音速が下がる」と単純化せず、大気の温度分布を確認します。参考:NASA — Speed of Sound
マッハ数と圧縮性
圧縮性とは、圧力の変化に伴って流体の密度が変わる性質です。低速の空気の流れでは、密度変化を小さいものとして無視できる場合があります。一方、流速が音速に近づくと、圧力と密度の変化を一緒に扱う必要が強くなります。
定常・非粘性の流れを同じ流線に沿って考え、局所的に等エントロピーの関係が使える場合、運動量の式と音速の関係は、
ρV dV = −dp dp = a² dρ
と書けます。組み合わせると、
dρ/ρ = −M² dV/V
となります。ここでdρとdVは、密度と速度の微小な変化です。この式は、速度の相対的な変化に対して、密度の相対的な変化がM²に関係することを示します。Mが十分小さいときに、密度変化を無視する近似が使いやすい理由が分かります。参考:NASA — Role of the Mach Number
ただし、「亜音速だから非圧縮」とは限りません。Mが1未満でも圧縮性が重要な流れはあります。また、強い加熱などによって密度が変わる場合もあるため、流速だけで判断しないことが大切です。上の微分関係も、衝撃波をまたぐ変化へそのまま適用するものではありません。
亜音速・遷音速・超音速
| 呼び方 | 考え方 | 主な特徴 |
|---|---|---|
| 亜音速(Subsonic) | 局所的にM < 1 | 流速が音速より小さい。十分低いマッハ数では圧縮性を無視できる場合がある。 |
| 音速状態(Sonic) | 局所的にM = 1 | 流速と音速が等しい状態。 |
| 遷音速(Transonic) | 音速に近い飛行領域 | 機体の周りに亜音速域と超音速域が混在し得る。 |
| 超音速(Supersonic) | 局所的にM > 1 | 流速が音速を上回り、衝撃波などを考慮する必要がある。 |
「遷音速」は、ちょうどM = 1の一点だけを指す言葉ではありません。機体形状などによって範囲は異なり、翼の周りの一部が音速を超えるような、音速付近の流れの領域を指します。さらに高速になると極超音速と呼ばれる領域に入り、空力加熱などが特に重要になります。
圧力の微小な変化が伝わる様子も異なります。物体に固定した座標で一様流を考えると、亜音速では、その変化は流れに逆らって上流側へ進めます。超音速では、微小な変化はその一様流を上流へさかのぼれません。これは、超音速流れの影響範囲を理解する基本です。
衝撃波では、圧力や密度などが非常に薄い領域で急激に変化します。航空機の周りに生じる衝撃波は、揚力・抗力や下流の流れに影響します。なお、有限の強さを持つ衝撃波と微小な音波は同じものではありません。参考:NASA — Mach Number
機体のマッハ数と局所マッハ数
機体から十分離れた一様流のマッハ数をM∞、翼の近くなど特定の位置の値を局所マッハ数と呼び分けます。
M∞ = V∞ / a∞ M(x) = V(x) / a(x)
翼の周りでは空気が加速・減速し、温度も変化するため、速度も音速も場所ごとに異なります。そのため、機体の飛行マッハ数が1未満でも、翼の周りの一部が超音速になることがあります。これは遷音速の航空機で重要な点です。
例えば、ある位置で流速が330 m/s、局所音速が320 m/sなら、その位置のMは約1.03です。一様流の数値だけを見て、機体の周り全体が亜音速だと決めることはできません。この値は関係を示すための仮定で、特定機体の解析結果ではありません。
レイノルズ数との違い
| 無次元数 | 定義 | 主に着目する影響 |
|---|---|---|
| レイノルズ数 Re | Re = ρVL/μ | 慣性と粘性の相対的な影響 |
| マッハ数 M | M = V/a | 流速と微小な圧力変化の伝わる速さの関係、圧縮性の影響 |
同じマッハ数でも、翼弦長が異なればレイノルズ数は変わります。逆に、模型実験でレイノルズ数をそろえるために速度を上げると、マッハ数まで同じになるとは限りません。両者は別の現象を見るための指標です。
まとめ
- マッハ数はM = V/aで定義される無次元数。
- 音速は空気の状態に依存し、理想気体ではa = √(γRT)で求める。
- 亜音速であっても、圧縮性を必ず無視できるわけではない。
- 遷音速はM = 1の一点ではなく、亜音速域と超音速域が混在し得る領域。
- 機体の飛行マッハ数と、翼・プロペラ周辺の局所値を区別する。
レイノルズ数とマッハ数を理解すると、解析で何を考慮し、何を近似できるかを整理しやすくなります。次回は「流体力学の基礎方程式」として、質量・運動量・エネルギーの保存則を扱います。
