はじめに
飛行機が空気の中を進むと、進行を妨げる向きに空気力が働きます。これを抗力といいます。人力飛行機のように使えるパワーが限られる機体では、必要な揚力を得ながら抗力を小さくすることが重要です。
ただし、抗力は空気との摩擦だけで生じるわけではありません。物体の前後の圧力差や、揚力を生み出す翼の三次元的な流れも関係します。本記事では、摩擦抗力・圧力抗力・誘導抗力を整理し、抗力係数と飛行速度の関係を説明します。
- 抗力とは(Drag)
- 抗力の式と抗力係数(Drag Coefficient)
- 摩擦抗力(Skin-Friction Drag)
- 圧力抗力(Pressure Drag)
- 誘導抗力(Induced Drag)
- 抗力の分類で注意すること
- 速度を上げると抗力はどう変わるか
- 人力飛行機では必要パワーも考える
- まとめ
抗力とは(Drag)
抗力は、物体に働く空気力のうち、遠方の相対的な空気の流れに平行な成分です。飛行機が静止した空気の中を前進する場合、抗力は飛行方向と逆向きに働きます。一方、揚力は相対的な流れに垂直な成分です。
ここで基準になるのは機体に対する空気の流れであり、地面に対する速度ではありません。また、迎角があると機体の前後方向と流れの方向は一致しないため、機体軸方向の力をそのまま抗力と呼ぶことはできません。
定常水平飛行で、推力が進行方向に働くと近似すれば、推力と抗力、揚力と重量がそれぞれつり合います。抗力を小さくできれば、同じ速度を保つために必要な推力を減らせます。
抗力の式と抗力係数(Drag Coefficient)
抗力Dは、動圧q、基準面積S、抗力係数CDを使って表します。
D = qSCD = (1/2)ρV²SCD
- D:抗力[N]
- ρ:空気密度[kg/m³]
- V:機体に対する遠方の空気の速さ[m/s]
- q = ρV²/2:動圧[Pa]
- S:基準面積[m²]
- CD:抗力係数[無次元]
抗力係数はCD = D/(qS)で定義されます。物体の形状だけでなく、迎角、レイノルズ数、マッハ数、表面の状態などによって変化します。「その物体ならいつでも同じ値」とは限りません。
航空機では通常、主翼の平面形の面積を基準面積に使います。ほかの物体では正面投影面積などを使うこともあるため、抗力係数を比較するときは基準面積の定義も合わせる必要があります。参考:NASA:Drag Equation
例えば、ρ = 1.2 kg/m³、V = 10 m/s、S = 10 m²、CD = 0.03と仮定すると、q = 60 Pa、D = 18 Nです。これは式の使い方を示す仮の値であり、特定の機体の性能ではありません。
摩擦抗力(Skin-Friction Drag)
空気には粘性があり、通常の航空機の流れでは、壁面に接する空気は壁面と同じ速度になります。静止した翼を基準に見ると、表面での流速はゼロで、表面から離れるにつれて外側の流速へ近づきます。この速度差に伴うせん断応力が、摩擦抗力につながります。
局所的に平らな静止壁面に沿うニュートン流体の流れでは、壁面せん断応力は次のように表せます。
τw = μ(∂u/∂y)w
ここでτwは壁面せん断応力[Pa]、μは粘性係数[Pa·s]、uは壁面に沿う速度[m/s]、yは壁面から垂直方向の距離[m]です。添字wは壁面での値を表します。表面全体に働くせん断力のうち、抗力方向の成分を足し合わせると摩擦抗力になります。
一般に、同程度の外部流条件では乱流境界層のほうが層流境界層より壁面摩擦が大きくなります。しかし、乱流境界層は外側から運動量を取り込みやすく、剥離を遅らせる場合があります。摩擦だけを小さくしても、剥離で圧力抗力が増えれば、全体の抗力が減るとは限りません。
圧力抗力(Pressure Drag)
物体の表面には、場所ごとに異なる圧力が働きます。その力を表面全体で足し合わせたときの、抗力方向の成分が圧力抗力です。
流れが大きく剥離する物体では、後方に低圧の領域ができ、前後の圧力のつり合いが崩れて抗力が大きくなります。このような形状や剥離に関係する抗力は、形状抗力と呼ばれます。流線形の胴体やフェアリングは、流れを急激に曲げず、後方の圧力回復を助けることで抗力の低減を図ります。
ただし、細長くすれば必ず有利とは限りません。空気に接する表面積が増えると摩擦抗力が増える可能性があるため、形状と表面積を合わせて考える必要があります。参考:NASA:Factors that Affect Drag
誘導抗力(Induced Drag)
翼幅が有限の翼で揚力を発生させると、翼のまわりには三次元的な流れが生じます。後方へ伸びる渦系によって、翼の位置で流れが下向きに誘導されます。これがダウンウォッシュです。
この誘導流によって、局所的な空気力には遠方の流れに対して後ろ向きの成分が生じます。それが誘導抗力です。「翼端にだけ働く摩擦」ではなく、翼全体の揚力分布と関係する抗力です。
低速で、流れの剥離が小さい平面的な翼を揚力線理論で扱うと、誘導抗力係数は次の形で表せます。
CDi = CL²/(πeiAR)
AR = b²/S
- CDi:誘導抗力係数[無次元]
- CL:揚力係数[無次元]
- AR:アスペクト比[無次元]
- b:翼幅[m]
- ei:翼幅方向の揚力分布に関係する効率係数[無次元]
理想的な楕円揚力分布では、この理論上のeiは1になります。楕円揚力分布と楕円形の翼平面形は同じ意味ではありません。揚力分布は平面形だけでなく、ねじりや翼型などにも左右されます。
同じCLとeiなら、アスペクト比が大きいほどCDiは小さくなります。人力飛行機やグライダーに細長い翼が使われる理由の一つです。ただし、翼幅を増やすと構造重量やたわみ、製作上の制約も変わるので、空力だけで決めることはできません。参考:NASA:Induced Drag Coefficient
抗力の分類で注意すること
表面に働く力から分ける場合、抗力は「圧力による成分」と「せん断応力による成分」に分けられます。一方、「誘導抗力」は発生の仕組みに注目した分類です。誘導抗力は圧力による力の中にも含まれるため、圧力抗力全体に誘導抗力をそのまま足すと二重計上になります。
航空機の性能計算では、摩擦・形状・干渉などに関係する有害抗力と、揚力に伴う誘導抗力に分けることがあります。部品の接合部で流れが干渉することによる増分が干渉抗力です。また、遷音速・超音速では衝撃波などに伴う造波抗力も重要になります。用語の分類方法を確認してから、各成分を足し合わせます。
速度を上げると抗力はどう変わるか
D = ρV²SCD/2だけを見ると、抗力は速度の2乗に比例するように見えます。これはρ、S、CDが一定の場合です。定常水平飛行では、速度を変えても重量を支える必要があるため、揚力係数も変わります。
L ≈ W = qSCL
CL ≈ W/(qS)
Wは機体の重量[N]です。同じ重量、密度、翼面積で速度を下げると、必要なCLは大きくなります。誘導抗力の式へ代入すると、次の関係が得られます。
Di = W²/(qSπeiAR)
eiなどを一定と近似すれば、誘導抗力は速度の2乗に反比例します。つまり、同じ揚力を保つ条件では、低速ほど誘導抗力が増えます。失速に近づくと剥離の影響が大きくなるため、この近似をそのまま延長してはいけません。
航空機全体の抗力係数を、限られた飛行範囲で次のように近似することもあります。これを放物線抗力極線といいます。
CD ≈ CD0 + kCL²
CD0は零揚力抗力係数、kは揚力に伴う抗力増加をまとめた係数です。全機の実測から求めるkには、粘性抗力の揚力依存性も含まれ得ます。そのため、全機の抗力極線から得る効率係数と、純粋な誘導抗力のeiを無条件に同じものとして扱うことはできません。
この近似では、高速側で零揚力抗力の項が増え、低速側で揚力に伴う抗力の項が増えるため、全抗力が最小となる速度が存在します。参考:NASA:Drag Coefficient
人力飛行機では必要パワーも考える
同じ速度で飛び続けるために、推力が機体に対してする仕事率は、定常水平飛行の近似で次のようになります。
P = DV
Pの単位はWです。先ほどの仮の計算例では、D = 18 N、V = 10 m/sなので、P = 180 Wとなります。これは推力による有効な仕事率であり、ペダルで必要な出力そのものではありません。
プロペラ効率をηp、伝達効率をηtとすると、同じ近似で必要なペダル出力はP/(ηpηt)です。例えば両者の積を仮に0.75とすれば240 Wです。実際の効率はプロペラや作動条件によって変わります。
必要パワーには速度も掛かるため、抗力最小の速度とパワー最小の速度は一般に一致しません。人力飛行機では抗力係数の小ささだけでなく、必要揚力、飛行速度、プロペラ効率を合わせて考える必要があります。
まとめ
- 抗力は、相対的な空気の流れに平行な空気力の成分である。
- 摩擦抗力は壁面のせん断応力、圧力抗力は表面の圧力分布から生じる。
- 誘導抗力は有限翼の揚力と三次元的な流れに関係する。
- 抗力係数は迎角やRe数、マッハ数などで変わり、基準面積の定義にも注意する。
- 一定の揚力を保つ場合、低速では誘導抗力が増える。
- 抗力を抑えることと、必要パワーを最小にすることは分けて考える。
抗力を減らすには、どの成分が大きいのかを見極めることが出発点です。表面の仕上げ、剥離を抑える形状、翼幅や揚力分布など、改善方法は原因によって異なります。
次は「空力係数とは」で、CL、CD、CM、Cpと揚抗比を整理します。

